12/12/2011

孤独な心と瀬戸の花嫁


今日は友達のロジョールの赤ちゃんの3ヶ月のお祝いに行ってきました。
こちらでは、赤ちゃんが生まれたとき、3ヶ月、6ヶ月、1年、というようにお祝いが続きます。
親戚中が集まり、お坊さんが儀式を行い、みんなでごちそうを食べます。
今日は豚の丸焼きがメインディッシュでした。

赤ちゃんの足に銀の足輪をはめて、セレモニーが行われました。銀の輪にどんな意味があるのかは聞き忘れてしまいました。しかし、準備を含めて朝の7時から昼の2時過ぎまでたっぷりと時間をかけて行われる、このハッピーな儀式を見ていると、パシャパシャと写真を撮っていると、少し泣きたいような気持ちになってきました。あまりにピースフルだったのです。
ふと見ると、呼ばれてきたいたオーストラリア人の女性も、一眼レフを覗きながら時おり目元をぬぐっているようでした。ぼくは日本でこのようなセレモニーに参加したことはなかったな。
なんだか悔しいような幸せなような気持ちが渾然となって、わけがわからない気持ちになりました。
かつての日本には、いや、地方に行けば、このようなお祝い事が今でも行われているのでしょうか。

このように大勢の親戚家族に、何度も何度も自分の存在を祝われたことを、きっと無意識は忘れないでしょう。バリ人のどこか落ち着いてピースな感じの出自がわかったような気がしました。

ところで、この祭事の最中に、バリ人の女性、たぶん40歳前後の人と話していました。
ホテルのフロントなどで働いているそうです。で、バリヒンズーのカルマの考え方や、輪廻のことなど話題にしたり、このまえホテルにオバマが来たよ!みたいなことを聞いたりしていました。

そして、その後で、オーストラリア人の女性(年齢はわかりませんが、40代かな)と話したあとで、なにか、これまで感じてきた違和感がわかったような気がしました。

バリに来てからずっと感じていたある種の違和感です。
それは、どこか自分の存在を否定されたような感じをわずかに帯びる、ある寂しさです。

ぼくがしきりに寂しがっているのは、もうみなさんご存知ですね。
それは物理的に友人が少ないというだけではなかったのかもしれません。

そのかすかなさびしさの理由がわかった気がしたのです。

ぼくにはとある傾向があります。
それは人と話をするときに、その人の問題や悩みにどうしてもフォーカスが行ってしまうという傾向です。この人はどんな問題を抱えているのだろう、とどこかで思いながら話をしています。
そして、そのようなものが垣間見えたら、ある程度の確率でそこに話題をふっていき、その人の悩みを聞いてみたいと思ったりするわけです。

で、悩める人にはぼくは何かが言えるのではないかという自負もまたわるわけです。
ぼく自身も問題を抱えてきましたし、カウンセリングやセラピーを受けたり勉強したりした経緯もあり、人のこころに起ることについては多少の見識がある、何か役に立つことを言ってあげられる、そのような思い、思い込み、があるわけなのです。

ですが、バリでバリ人と話していると、それが発動しないのです。
なにか、おれの出番じゃない、そんな感じです。

あれーどういうことなのかなーと思っていました。(というか意識はしてないかったけど違和感を感じていました)

ところが、オーストラリア人と話していると、発動してきました。
そして、その人の抱える問題がうっすらとわかる気がして、今回はそこまで聞かないが、いずれは話をきくことになるのかもね、と思いながら話をしていました。
そして、ぼくは自分がセラピーなどをやってきたことを話、自分の抱えてきた問題について、(聞かれたので)話したりしていました。
この感じは日本人が相手でもまあだいたい同じです。

あれーオーストラリア人だと発動するんだな。
もちろん、この一例のみで何も語れるわけではありませんが、今日のこのお祝いのピース感とあいまってどこか腑におちるものがあったのです。

オーストラリ人からは孤独の匂いがしました。
孤独の心をもっている。その印象が伝わってきました。
これは、自分を含め、多くの日本人からもぼくは感じます。

それは、単純にその人が友達がいないとか、ひとりで暮らしているだとか、そういうことではなく、家族がいようと、友達に囲まれていようと、恋人がいようと、一様に感じられる、深い部分でのかすかな孤独感です。

もちろんこれはぼくの幻想なのかもしれません。自分の孤独を投影しているだけなのかもしれません。
でも、おおざっぱに仮説をたててしまうならば、現代の欧米人や日本人にあって、多くのバリ人にあまりないもの、それが孤独の心なのかな、と思ったわけです。

わかるでしょうか。孤独の心。
もう後戻りはできない個人主義に踏み出した社会にはぐくまれた心性とでも言えばいいのでしょうか。
バリにはまだ協力な地域親族共同体が機能しています。

そんなことを考えていたら、瀬戸の花嫁を聞きたくなりました。
瀬戸の花嫁が国民の歌であった時代、それほど前ではありませんが、それはどんな時代だったのでしょうか。そして、そこからすると、ずいぶん遠くに来たものではありませんか、日本国は!

0 件のコメント: