2/28/2012

和食ざんまい


最近、毎日お昼は和食と決めている。

インドネシア料理は油がこすぎて、どうにも体にダメージがあるようなのだ。
熱中ショウから回復するときに、まず体が求めたのが和食であった。

和食をたべると「あ、知ってる味だ」ということで、体が安心するのがわかる。そして、如実に胃が喜んでいる。食後も、さてがんがって消化しなくちゃ、というような力みがない。食べたよ〜、食べましたな〜という心地よい了解があるばかりだ。

うーん。みそ汁の染み渡ることといったら!


そして、小さな変化も現れた。
ぼくは、コロッケから逃れる事ができない男だった。
メニューの中にコロッケがあると、必ず選んでしまうのだ。

よくいく和食屋にも、コロッケ弁当なるメニューがあり、つい毎回それを注文してしまっていた。
しかし、やはりコロッケは油物だったのだ。病み上がりの頃、喜び勇んでコロッケを口に運んだときに、胃が喜ばないのを体験した。正直ショックだった。これコロッケだよ?ぼくは体に問いかけた。しかし、体が間違うことはない。今のワタシにはこれは少しよからぬ選択でしたね、と静かに返事をかえしてきた。
唇からノドかけて、なにやら油ぎった感じになった。腫れてしまったような感じだ。
そうか、コロッケも揚げ物だものね。油いっぱいつかってるものね。

ぼくは、最後のひとくちを押し込んで、ごめんね、と小さくつぶやいて店をでた。
そんなことがあった。

そしてぼくは、他の和食屋も探してみるようになり、いろいろ食べた末、さいきんはお刺身定食をもっぱら食べるようになった。
刺身などは毎日食べる物ではない、ましてやお腹がすいたお昼に食べたい物でもない、と僕は思っていた。刺身などは、酒のつまで上等なのをすこしつまめればいい。

しかしやはり、お醤油たっぷりつけたお刺身は、コロッケよりは胃にやさしかった。

しかし、そのお刺身だって遠からず飽きてしまうだろう。
ぼくの和食探しも当分つづくのかもしれない。

自炊って大事だなー。
自分でおいしくてヘルシーなごはんが作れたら、やっぱりいいよね。
でも面倒だよね。だから、近所に毎日日替わりで和食系の家庭料理をだしてくれる店があるのが一番だね。お値段もお安めでね。まーバリ島でそれを望むのはちょっとつらそう。和食は高級料理なのだった。


えっと、あと今日はまたビザの更新にいってきたよ。一ヶ月ってたつのがあっという間だね。でももう手慣れた物で、何の心配もストレスもなく、ビザの更新ができるようになった。毎月役所に3回いくのはだるいけどね。でもまあ、めんどうなだけで、失敗したらどうしよう、とか、間に合わなかったらどうしよう、などの杞憂からは解放された感があります。ひとつクリアというか。こうしたことが、泳ぎ方を覚える、ということなのだろう。難しかったことが日常のことになっていく。こころがその分軽くなっていく。もっと気軽に、もっと気軽になりたいな。

ということで、お仕事に戻ります。

2/26/2012

行き当たりばったり



なんだかなー。考えていました。
もしかするとオレはー大きな勘違いをしてきたのかもしれないなー。
と。

ぼくはほぼ毎日、毎時間、「これからどう生きていけばいいか」と悩み続けています。そして、なにか自分がやるべきこと、古い言葉で言えば「天職」なるものを早くみつけたい、早く充実の日々にたどり着きたいとあがいているようなつもりでいました。

が、実際にはそれほどあがいていない気もします。結構のんべんだらりとしている。

そして、なによりも、実績として、そう動かしようのない実績としては、この40年近い人生を、すっかり、行き当たりバッタリで生きてきてしまった。
それは隠れようのない事実なのだった。

その、行き当たりバッタリの「バッタリ」には、バッタリと倒れていた日々が含まれていることは言うまでもないでしょう。社会人になってからの人生17年ほどのうちじつに5年間くらいはバッタリしていたのです。それは事実です。

もうそのようにここまで生きてしまった。20代、ともすれば10代のうちから自分の進むべき道を見定め、コツコツとあるいは激しく努力してきた人々と、同じ様であるわけはなかったのです。もうそのように生きてきてしまった。

その事実を見つめない事には、この先を歩めない、そう思うに至ったのであります。

もう、そう生きてきてしまった。

さみしいような、懐かしいような気持ちがいたします。

そして、社会に出て20年近くもたつというのに、いわゆる「通用するスキル」を積み上げてこなかったというのも、まぎれもない純然たる事実なのです。中途半端にいろいろあるわけですが。

いま、その事実を向き合って、少しでも自分を評価さしあげたいと思うならば、その行き当たりばったりなりに、それなりに、なんとかしのいできた、途中、数々の人の多大なお世話になりながらも、なんとかしのいできた、そのポイント以外に何もない、ということを、言わずモガナなのであります。
ええ、立派なモガナなのです。

そのモガナといたしましては、もう今後もこのような生き方を修正できるとは思わず、このモガナ道を極めたほうがむしろ有利なのではないか、それしかないのえはないか、と思える日々を過ごしておるところでございます。

そうだな、ほんとうにそのように生きてきてしまった。でもどこか頭の中では、今は仮の姿であり、どこかの時点から怒髪天をつくような、蒼天を駆けめぐりまくるような快進撃が、自分に始まるのではないかとどこかで期待してはや数十年なのです。
きっと始まらないでしょう。きっとそういう風には始まらない。もっとひそやかかつしめやかにすべては進行するのでしょう。

ならば、この行き当たりばったり力を鍛え上げながら、明日はどっちだ、とつぶやきながら、そういう風にいて生きながらえて、そしてあわよくば、これぞオレの生き甲斐なのだというものを、つかみ取りたいと思うのです。

って結局、見つけたいわけかよ。

この思考回路はなかなかなくならないようにです。

でもね、比重を変えましょう。未来の天職を考える時間を減らして、ネクスト、いやさ、ナウ、どうするか。どうしのぐか、そっちに比重を置き換えましょう。頭の中の。そうのように生きてみて、どこに出るか、出たとこ勝負で笑っていられるか、そういう戦いをしていくしか、ないのが、もはやオレです。

2/25/2012

たどたどしさとは




Youtubeとは偉大なもので、ぼくにあることを教えてくれた。
それは、うまさや華麗さだけが心に迫るわけではないということだ。
音楽について。

Youtubeをいろいろ見ているうちに、どっかの素人が勝手にカラオケを歌ってアップしていたりするのを見かけるようになった。大抵はうんざりするだけだが、たまに、あれ、いいじゃん、と思う動画もある。それは、決してうまいわけではないが、なんだか、いいね、という感じのものだ。

そして、クラシックの世界でも。
ぼくが宝物のように大事にしているmp3があって、それは、どっかのこどもが発表会であるクラシック曲を弾いたものだ。それほど上手ではない。途中で急に遅くなったり早くなったり、一瞬つまってしまったりしている。簡単に言えばたどたどしい。でもそれをぼくは何度も何度も聞いてしまうのだ。

なにか感動するのか、ある感情を芽生えされる。それは、世界的なピアニストが同じ曲をひいても出ないとある効果、とある情感である。この演奏のなにがぼくをしんみりさせるのか。

たどたどしさとは何だろうか。

答えをいってしまおう、それは意志である。

赤ちゃんが、始めて立ち上がろうとするとき、親は両手をたたいて応援する。そうせざるをえない。ほいほい、がんばれ、がんばれ、赤ちゃんは、なんども立ち上がろうとして尻餅をつき、また立ち上がろうとする。決してしかめっつらの努力をしているわけではない。意地でも立ち上がってやるという熱意を見せているわけでもない。ただ、なんど尻餅をついてもまた立とうとする。よろよろとよろめきながらも、立ち上がろうとこころみる。まるでそれが産まれてきた目的であるかのように、そうしようとするのはあたりまえのことなのだという顔をして、立ち上がろうとするのだ。顔面に苦痛はない。むしろ喜びさえ見て取れる。大人達は固唾をのんで見守るしかないのだが、立ち上がった時のあの感動ー。

もし赤ちゃんが、ある日なんの苦労もなく、すくっと立ち上がってスタスタと歩き始めたとしたらどうだろう。そこにはどこか生命の本質に反しているかのような違和感がないだろうか。そこに人が育つという感動はあるだろうか。

そう、あのたどたどしさの中には、赤ちゃんの、いやどこか生命の、意志が宿っているのだ。われわれはそれを見守らされる事になるのだった。


たどたどしい発表会のピアノを聞きながら、ぼくの中の何かが癒される。それは、それでいいんだよ、そういうふうに人は生きていくんだよ、という原則中の大原則をそっと思い出させてくれる演奏だからかもしれないね。

2/24/2012

TIME/タイムを見た


さっきヨガに行ってきた。近所の人からずっと誘われていて行けなかったのが、今日はタイミングよくメールがきたので行ってきました。

しかし、おれ、背骨がちがち。もう後ろにも体そらないし、前屈もできない。ちょっと腕うごかしただけで背中が痛い痛い。いかんねーパソコン病だな、こりゃ。目も痛いし。どうなっちゃたんだろう。
バリにきて、ますますパソコンの時間が増えちゃった気がする。けしからんことだね。
ということで、しばらく、ヨガに通おうかな。ひとりだとなかなかね、できないしね。

実はおれ、ソウタイ法というのを習っていたことがあって、自分でもできるんだけど、なんとなく一人でやる気がしないんだよねー。股関節痛めたときはせっせとやったけどね。あと誰かが腰が痛いとかね。そういうときはがんばれるんだけど、日常的に自分でやるのはなかなか難しいね。やっぱ「場」っていうのが大切なんだね。他に人がいて、誰かがリードしてくれて、っていう環境込みでのエクササイズなんだね。

さておき、

今日は映画の話をしよう。昨日、昨年公開の『TIME/タイム』という映画を見ました。
時間がお金になった世界の話。簡単にいうと、時間をお金にみたいに働いて得たり、取引したりする世界で、時間がなくなれば死んじゃうの。

つまり、時間をつかって人々が奴隷化されてる世界の話なんだけど、なんだかねー。おれたちも奴隷なのかねーていう疑問を思い出したよ。

「誰か」の奴隷じゃなくても「システム」の奴隷ということはありえるわけでね。
奴隷同士で縛り合うってこともあるわけで、でもどこかで奴隷感があるなら、なにかを疑ってみてもいいのかもしれないよね。

自分は奴隷なのか。

そういえば、最近のニュースで、iPhoneをつくってる中国の工場で、あまりに労働環境が過酷で自殺者が多く、従業員がストライキを始めた、というニュースを見たね。一日12時間労働かな?工場の敷地内に寮があって、工場と寮の往復しかしていない。その寮も一部屋に6人とかで住んでいる。ただ寝るだけの部屋だ。それで一日中、工場で単純労働をひたすらひたすら、それでいて生活するのにぎりぎりぐらいのお金しかもらえない。これが搾取上場じゃなくて、なんだというのか。

そんな搾取工場でつくられたiPhoneをぼくたちは夢のツールとして、顔をほころばせて賛美しているのが実態だ。それでもジョブズは偉大なのだ。

もっとも、それはアップルの問題ではないとも言えるだろう。中国のその工場の問題であるし、中郷政府の問題でもあるし、第一にそこで働く中国人の問題だ。

つまり、そんなに過酷な状況ならそこで働かなきゃいいじゃない、職業選択の自由くらい中国だってある。他にいくらでも仕事があるだろう、と言う事はできる。

しかしそれは、マリーアントワネットが「パンがないならケーキを食べればいい」と言ったのと、さほどかわりがない言説ではなかろうか。たぶん中国人従業員たちは、他の選択肢が見つからないからそこで働いているのだ。

そういうことは遠いところで勝手に起きている。

ところが、ここインドネシアだともう少し身近でもある。
海でビーチボーイをしている若者は、ジャワ島からバリ島にでかせぎに来たという。
どうしてバリに来たの?と聞くと、ジャワにはきつい仕事しかない、という。工場などで肉体労働して、一日200円程度だという。いいところで250円だと。バリではたぶん、その数倍の給料をもらっているのだろう。それがインドネシアの実情だ。

しかしそれはそれでインドネシア人同士の問題ともいえる。このまえ会ったジャワ人は、お金持ちで、一泊3000円くらいのホテルに長期滞在し、パソコンもiPhoneも持っていた。旅行が趣味とのことだ。日本なんて比較にならない格差社会がインドネシアなのだ。

さて、何が言いたかったのだろう。
あ、そうそう、奴隷だ。

あ、そうだ、そういう中国やインドネシアみたいな国がある一方で、ブータンみたいな国もある。近代化に向かう発展途上国が必ずしも格差社会を産む訳ではないのだ。ブータンみたいに国策で近代化や外国との接触をコントロールし、社会の平等秩序を守る方法もある。それがいい結果を生むのか、意外な落とし穴があるのか、数十年後をみないとわからないが、少なくとも国民が、いや国王だけかもしれないが、意識的にそれを選んでいるんだから、すごいことである。少なくともある種の尊敬はいなめない。


インドネシアでは外国人が土地を買う事ができない。土地が欲しい場合はインドネシア人に名義を借りて、借地契約を結ぶしか無い。そのことで、よく日本人がだまされるそうである。名義を借りて何千万も払って土地を買ったつまりが、知らないうちに転売されてた、などなどの話を山ほど聞く。日本人がバリ人にどんどんだまさているのだ。その騙す手口がシステム化、ともすれば法律化されているケースさえあるという。恐ろしい場所でもある。

でも、逆にいえば、外国人が土地を買えるようにしたら、あっと言う間にインドネシア中の土地が先進国の持ち物になってしまうだろう。インドネシア人はさしずめ奴隷のように使用人としてこき使われるのだ。そんなことばかりをずっとやってきたのだ、このあたりでは。

世界というのは、思っていたよりずっとすさまじい場所だ。日本がぬるま湯に思える。もちろんぼくは日本人としてここにいるのであるからして、風呂につかりながら物見をしているようなものではあるが。

たぶんアフリカなんかいったら、もう生きる気力がなくなるか、逆に生きる気力が燃え上がってしまうだろう。それほど世界はまだむちゃくちゃなんだな。

2/22/2012

カブト虫を売る

今日も寝不足で起きた。睡眠時間5時間くらいかな。目が覚めてしまった。
昼から用事があるので、とりあえず起きてみることにする。
朝から眠いのは残念だ。出社などということもしなくていいにもかかわらず、充分眠ることができなかった。悔しい気持ちになる。

しかし、最近のモットーとして、寝不足でもとりあえず仕事する、というものができた。
まあ当たり前だけど、自宅で仕事をしていると、もう一眠りしてから万全の状態で仕事したほうがいいのでは、などと考えてしまうのだ。
でも、意外ともう一眠りがうまくいったためしはない。どうせ寝つけやしないのだ。
だから、コーヒーをがぶ飲みして強引に仕事を始めてしまうことにしている。とりあえず30分もてばいいのだ。
ところが、意外とこれが乗ってくるとできてしまうもので、今日も1時間半くらいは調子良く仕事ができた。予想外にはかどる。

そして、昼から引っ越し先候補のお部屋を見に行く。
いまよりオレ波に近くなる。
その道中、バイクにのりながら、あることを思い出していた。

それは、とある戦前生まれの女性の人が、早くに亡くしてしまった旦那様の思い出を語ったことばだ。
あの人は、本当に素敵な人でした。
わたくしは、何の心配もせずにあの人についていくことができました、と。
そのようなことを言っていた。
そして、戦後の混乱と貧困のさ中のことである。旦那様は仕事を無くしてしまったという。終戦直後の混乱期である。それでもごはんをたべなくちゃいけない。それでもその旦那様は、何も心配いらないといって、毎日どこかへ出かけていったそうである。そしてちゃんと生活出来るだけの最低限のお金は持って帰ってきたという。なにをしていたのか。ありとあらゆることだ。ときにはカブト虫を売り歩いていたこともあるという。でもどんなときでも旦那様を信頼して、何の心配もせずに暮らすことができたのよ、とその女性は語ってくれた。本当に素敵な人でした、と。

たぶんその旦那様は、当時、今のぼくより若かったはずだ。でも、そんなに頼りがいがあったのだ。
仕事がなければカブト虫を売ったっていい。そんな人だったのか、そんな時代だったのか、たくましくたのもしい限りである。

バイクを走らせながら、ぽつんと思った。おれもカブト虫を売れるような男になろう、と。
だってその人はやっぱかっこいいよね?かっこいいな、そんな男の人がひっそりと戦後に生きていたんだな。カブト虫うらないとね。世をはかなむ暇があったらカブト虫を売りにいこう。

なぜこんことを書いたか?それは、ぼくがこんなことを思う事は大変珍しいからである。
基本は世をはかなんでいるのが、おれだ。
でも今日は、少なくとも今日のお昼頃は、いつだってカブト虫を売ってやる、そういう人間でいよう、と思っていたのだ。少なくとも、10分くらいの間は。

いまは少し遠い記憶になりつつある。でもまだ、どっちなの?と言われたら、カブト虫、売るよ、って言うだろう。

おれがそんなことを思うなんてほんとに珍しいのだ。
人生の中で、そんな風に思ったことはトータルしても、30分間に満たないだろう。
素敵な旦那様になりたいのである。それはオレ的には、黙ってカブト虫を売る人のことである。
とりあえず今日のところは。残念ながら明日はわからない。それがおれだ。

ちょっとまてよ、世の旦那様にとってはそんなこと当たり前なのかもしれないね。とくに子どもがいたりなんかしたら。。なんか恥ずかし。でもまあ、それがおれだ。


これは近所のとっつあんが釣ってた魚。魚の名前はマヒマヒだって。

2/21/2012

コーヒーかなビールかな

夜眠れないなーと思ってたら、コーヒーの飲み過ぎかな?と思ったよ。
けっこう夜仕事してるんだけど、仕事のときってコーヒーかかせないからね。
いま夜の1時前、コーヒー飲もうか迷ってる。まだしばらく起きてるだろうから。
でも、そのせいで朝まで眠れなくなったらいやだなあ、とかね。

でもまあ、いままで眠れない、眠れないと言いつつ、なんとかやってこれた。
もう何年も眠れないと言ってる気がする。でもいつかは寝ているからいまこうしてぴんぴんしているわけだし、まあなんとか仕事もこなしてきたのだろう。オレの体、ごめん、迷惑かけてます。


ところで。

来月、いよいよ引っ越ししようかなーと思ってるね。今日見たアパートはまあまあのところだった。ありだな。ネットの入りが悪いということなので、明日確認にいってくる。ネットは死活問題だからね。

ところで。

なんかおれの中って空虚だなとか今日思っちゃった。
それは決してネガティブだけの意味とちがうけどね。
なんというか、どうしてもこうするんだーという熱いものが、ないね。
たまーに湧くんだけどね。たまーに湧いた時にガッと動いて、また停まる、みたいなねw
おれ、たぶん、ほっとくとすぐ機能停止する体質なんだなあ。常に危機っぽくなってないと。
いまある意味で危機を脱しちゃったんだろうな、ある意味望ましい事だけど。
でも危機にいるときの、あの、ちくしょーぜったいどうにかしてやる!っていうときの自分が懐かしくなるなー。半年前くらいに数週間あったね。

また危機をつくらないといかんのかなー。めんどくさいな。
とりあえず半年くらいしたら、また危機をつくります。それまでに向こうから危機がやってこない限りはw

この危機でしか動けない体質、どーにかしたいわ、はあ。


今夜はビール飲む事にしました。

2/19/2012

一致しない不思議

前回、「日の名残り」の感想を書いたが、ぼくが心理学に興味をもった理由のひとつがここにある気がした。

ぼくは心理学に興味があるのだが、心理学の本を読むとうんざりする。つまらないのだ。別に世界でやられている心理学実験の結果を知って、脳の不思議に打たれたいとは思っていないようだ。

脳の不思議というのはたとえば、脳のある特定の部位を電極で刺激すると、特定の感情が生じる、だとか、事故で失った腕が痛む「幻肢」を治すには、鏡をつかったトリックで脳に腕がないことを教えればいい、だとか、右脳は芸術で左脳は理性を司る、とかとか。そういうことにはそれほど興味はないのだ。

それよりも、どうしてみんな自分のことがわからないのだろう?という素朴な疑問のほうに意識が向かう。ちょっと見渡しただけでも、みんなうそばっかりついているじゃないですか。おもに自分について。
明らかに怒ってる人が自分はちっとも怒ってないと思ったり、明らかに嫌いな人といるのに、好きな人といられて幸せ、みたいなこと言ってたり、その逆もあったり、嫉妬を隠したり、逆に本当は別にほしくもないのにうらやましがったり、なぜか大半の人が自分について勘違いしているように見えるのだ。

なぜなんだ。それは人生の経験とも比例しなさそうである。つまり、年齢を経れば経るほど自分のことがわかっていって、矛盾のない、すこやかな、自己欺瞞のない人間になっているのかと思うと、とてもそうは見えないのだ。もちろんそういう人もいるが、長く生きるだけで自動的にそうなるわけではなさそうである。

いったいこれはどういうことなんだ。動物などを観れば、逆に思い違いをさせることのほうが困難に思える。肉が大好きな犬に、お前は本当は肉が嫌いなんだよ、と教え込むことは可能だろうか?
もちろん体罰など恐怖を利用して条件付けてしまうことはできるだろう。
そうだ、できると言えばできるね。パブロフの犬みたいな話だね。

でも人間といったら、なんでこうも混乱したまま生きてるんだろうね。という疑問。

だが、その理由を解明したいわけではないし、感じていることと思っていることを一致させる技法を開発したいわけでもない。ただ問いかけ続けたいと思ったりはする。一致してますか?一致する必要はありますか?ありませんか?そもそもそんな分離はありませんか?などなど。


などと書きながら。
ほんとにそうだろうか、と思う自分がいたりする。ほんとうのおれはもっとプリミティブな欲望で動いている気もする。となりのテーブルにかわいい子がきたら、もう気もそぞろだ。
お金が振り込まれた時のあの安堵感と喜び。たが、果たしてそれも色あせる時があったりもする。

まあよくわからんわけよ、ほんとどういう生き物なのか、これは。

2/16/2012

カズオイシグロ「日の名残り」を読んだよ



さっきカズオ・イシグロの「日の名残り」を読み終えた。
んー悲しい。

この作家は「私を離さないで」でも僕をせつなさのどん底に突き落としてくれた。

ネタバレを恐れず、なんでも書くよ。

この執事の人生が失敗だったなんて思わない。
だけど、ドアの向こうで泣いているかもしれない女中頭を思ったときの「不思議な感情」について、あなたはあまりにも注意を向けなさすぎたのだ。

それは不思議な感情などという他人事のようなことばでくくられていいものではない。

執事にとってはそれは「不思議な」感情であったところが、ぼくには悲しいのだ。

思えば、おぎゃあと生まれてから、このような「不思議な感情」を味わい重ねていくのが、成長し生きてきたということなのだろう。

それは最初は「感情」ですらなく、不思議な感覚、ともすれば、なんか体がおかしい、という感じでしか把握できないたぐいのものなのだろう。もちろん、激しい怒りや、不安や恐怖、おいしい、うれしい、楽しい、などといった感情は、もしかすると生まれつきわかってしまうたぐいのものなのかもしれない。

しかし、この執事がはたと足を止め味わったという「不思議な感情」のようなたぐいは、成長過程のある時期を過ぎなければ感じることができないものなのかもしれない。

そしてそれは、もし意図的に、もしくはあまりにも他のことが大切すぎたがゆえに、見過ごしたり、軽視したりしてしまったのなら、永遠に、とある不可思議な感情、という域を超えず、一晩寝たら忘れてしまえるか、もしくは「たまに起きる不思議なこと」というレッテルが鮮やかに貼られ、ああ、またこれか、程度の痕跡しか人生の上に残さないものなのかもしれない。

でもそれは、人生の最晩年になって、不思議なことにことあるごとに浮かび上がり、夜な夜な夢に出たり、散歩中の足を止めずにはいられないほどの強度をもってよみがえったりするものなのかもしれない。

執事よ、君の人生はそれでよかったのかもしれないし、何も失ってなどいないのかもしれない。

よしんばその不思議な感情を探求したとして、事態はなにも変わらないか、悪態をつき続けるような人生に身を突き落としてしまったのかもしれない。

だが、最後に、女中頭の真実の言葉を聞く事ができて、そして自分の内なる真実を聞く事ができて、そしてそれに涙を流すことができて、よかったね。

あのお方が我が家に

昔から、なんとなーく気にはなっていた。
遠くで少し憧れていた。
でも自分の部屋にあのお方がやってくることはないだろう、そうタカをくくっていました。

やってきたのです。ジャーン、



エスプレッソマシーン!!!
もちろん借り物です。

とあるレストランで、バリ在住の日本人の方とコーヒーについて熱く語っていたところ、
その中で、エスプレッソマシーンへの憧れを熱く語ってみたところ、
それならうちに使ってないのがあるのよーということになりまして、
先日、無事に我が家にお迎えする事ができました。
ありがとうございました。

毎日のカフェ通いがすこしおとなしくなりそうです。
エスプレッソおいしゅうございます。
奮発して、iLLyのコーヒー豆を買いました。高かったです。

しかし、まさかこのような乙なものが我が家に来るとは思わなかったなあ。
永遠の憧れで終わるんだろうなってどこか思っていました。

まったくの借り物ですが、自分が一段階ステップアップしたかのような錯覚に陥りました。

さ、エスプレッソ入れて、仕事するか!ってなものですよ、ええ。

2/15/2012

熱中症やられたー

ご無沙汰です。

実は、ここ数日間、熱中症で寝込んでいました。
忘れもしない、先週の木曜日ですね。オレ波をみつけたオレはノリノリでまたオレビーチまで出かけていきました。あれはお昼の12時くらいです。
あいかわらずのものすごい晴れ。
オレ波の中でもさらに乗りやすいオレ中のオレ波を見つけ、あー神様、バリ最高ー!っつう感じで波乗りしていたのですが、途中で心臓がバクバクといっているのに気がつきました。動悸です。

でもぼくは、その痛いくらいにバクバクしている心臓を抑えながらも、なんだよ、なにおれ興奮してんだよ、オレ波に恋でもしたのかい?みたいな感じで軽くあしらって、サーフィンを続けていたのです。

で、家に帰っていつものオフィスカフェに行き、仕事をはじめたのですが、なんか超眠いのです。
あれーもう眠いわ。サーフィン疲れだね、ということで、家に帰って昼寝をすることにしたのですが、
なんだか、すごくしんどいのです。頭も痛くなってきまいた。体中がほてって熱いのです。

で、なんかわからんけど、くるしーーという感じでベッドでのたうち回っていたのです。
とにかく寝てればなおるかな、と。

で、深夜の3時に友達を空港まで送っていって、そのときはだいぶ回復していたのです。頭痛もだいぶやわらいでいました。
しかし、それから、また苦しみが始まったのです。
そんな感じで、頭痛と体が熱い、力が入らない、お腹下す、みたいな症状が丸3日くらいつづいて、昨日あたりからやっと正常なモードにもどりつつあるのです。ふー長引いた。

なにがつらいって、仕事ができなかったことです。
もう頭がぜんぜん働かないのです。ちょっと仕事にとりかかると急激に眠くなって、パタンと倒れてしまう。徹夜明けで超眠い、みたいな状態がずーっと続く感じです。寝て起きても、またすぐ眠くなる。そんなことを何日も繰り返していました。

あ、そうか、これが熱中症か。あとあとでやっと気がつきました。
思えば、生まれて初めての経験かもしれません。これは苦しいね。

ということで、せっかくバリでオレ波を見つけたのに、太陽が怖くなってしまいました。
くせになるとも聞いているので、しばらくは日中のサーフィン、自粛したいと思います。
やはり仕事が最優先ですのでね。なんともなーなかなかペースがつかめないバリ生活です。

2/07/2012

オレ波を見つけた


最近なにやら気分がいいです。
それは、オレ波を見つけたからかもしれません。

クタという家から30分ほどかかる海へ出かけました。
本当は家の近くの海がいいのですが、波が良すぎて、つまり波がでかすぎてオレは乗れないのです。危ないのです。なんどか危ない目にあって、すっかり足が遠のいていました。

しかし1週間も海に入らないでいるとじりじりとじれてくるものです。
運良く朝早く起きれた日に、よし、じゃあいっちょ初心者向けといわれるクタの海にいってみるか、と思い立ち、ボード持参でそそこさとバイクを走らせました。

着きました。サーフィン教室をやってるっぽい場所の近くで、海に入ってみました。なるほど波は比較的おだやかです。ところが、風がオンショア、つまり沖から岸に向かってびゅーびゅー吹いているせいか、ぜんぜん沖へ出れません。漕げども漕げども進みません。なんどもチャレンジしたあげく、すっかり体力を使い果たして岸にあがりました。こんな初心者向けの海で、沖に出る事さえできないとは。。
ボードに立つ以前の問題です。なんということでしょう。

で、諦めきれず、何度か海に入ってみるのですが、結果はおなじ、風と波に押し戻されて、波打ち際から先へ進めません。なんだ?なんであいつらはあんな沖まで行けたんだ?数名のサーファーが沖でサーフを楽しんでいます。

んー。だめだ。諦めは早い方なのです。今日はこれまで、ととぼとぼとバイクに向かって歩き出したそのときです、「ナンで?ヤラナイの?」とサングラスバリニーズのあんちゃんが声をかけてきました。
「いやー沖へ出れなくてさ。。」と言うと、「ここはムツカしいよ、あそこからいける」と何やら海のどこかを指差しています。
なんだかわからずポカンとしていると、あそこだあそこ、といって指を指します。あそこでできるよ、と。

わけがわからないままに、じゃあ行ってくるよ、と言ってその指をさされたあたりの海に入ってみました。しかし!結果は同じ。沖へちっとも出れません。なんだかわからないまま、また岸にあがり、とぼとぼと帰りかけると、またさっきのあんちゃんが声をかけてきました。「なんで?あそこいけるよ、なんでいかないの?」おれはちょっと怒って「だからそこから行ったけどダメだったんだよ!」と言いました。
するとあんちゃん、あそこだよ、あのフラッグのとこ、と指差します。どうやら旗が立っているあたりのことらしいです。あそこならカレントだから沖にいけるよ、ということ。

カレント、なるほどそれは聞いたことがあります。海の中にはところどころ岸から沖へ海流が流れている場所があるとのこと。こんどはその旗を目印に海に入ってみました。
もうこれでだめなら今度こそ最後だ!とばかりに賢明にパドリングして、はっと気づくと、なんと!かなり沖まで出ていました!おおー岸がめっちゃ遠い。すげえこれがカレントのパワーか。ちょっとパドリングしただけであっという間に沖に出れました。これを知るのと知らないのではえらい違いじゃないですかー。まだまだ勉強すべきことがあるようです。

で、ここからが問題でした。しばし波乗りを楽しもうとしたのですが、どうにもうまく波をつかまえられず、もう腕の力も尽きて、これでパドリングできなくなるから早めに帰ろう、と思った矢先、まったく岸に帰れないのです。漕げども漕げども岸が近づきません。超必死にパドリングしてるのにどんどん沖に流されている気さえします。あれーーー。というか、心の中で冷や汗が出ます。これ、やばいかも。。
岸があんなにも遠い。。。もう腕の力が残ってない。もちろんそんなに流されたというほど沖にいるわけではなく、上級者は同じくらいの沖で波乗りを楽しんでいます。しかし、ぼくにとっては、こんなに沖まで出た事ないよ〜という地点なのです。そして帰れません。
半泣きになりながら、カレントに乗っていい気になっていた自分を後悔しながら、ああ、初心者なのに中級者みたいに沖へ出ようなどとえらそうなこと考えなければよかった、と後悔しつつ、しかしその後悔よりも恐怖のほうが大きく、やべえ早めに叫んだほうがいいかな、とか、でも全然聞こえないだろな、とか、岸から見えてるんだからさすがに死ぬ前にレスキュー来るわな、とかいろいろ頭を駆け巡っていたのですが、そこらへんからどうもサバイバルモードになっていく自分もまたいたらしく、ああ、そうだ、カレントにつかまったときは岸へではなく、横へ移動すべし、と読んだことがあったな、と思い出したのです。

そして、最後のもうゼロに限りなく近い体力を振り絞って、横へ横へとパドリングを開始しました。もう最後、力つきて流されるまで、とにかく横へ向かって漕ぐことに賭けよう!とにかく横へ横へ!
そして、ふと気がつくと、だいぶ岸が近い!半分くらいのところに来ている!そうです、カレントから逃れたのです。そうなると、あとは波が勝手に岸に運んでくれます。ぼくはうまく波にあわせるように漕いで、少しずつ少しずつ岸へ近づいていきました。

はあ〜よかった。ぼくは岸にたどりついていました。力を使い果たした体とボードをひきずって、さて、今度こそ帰ろうと歩いていくと、またさっきのあんちゃんがいました。「なんで?だめ?できなかった?」ぼくは、いや〜という顔をして、「疲れちゃったから今日は帰るよ〜。また明日〜」とまるで何事もなかったようにうそぶき、クタのビーチに別れを告げたのでした。あー命拾いした。


おっと、ここまで書いてきて、まだオレ波の話をしてなかった。
最後は超特急でいくと、その後、帰る途中で、どうせなら他のポイントも見ておこうと立ち寄ったビーチで、超初心者の波が来ているのを目撃、こんどこそは初心者波にちがいない、だってみんな足しがついてるみたいだもん!ということで、リベンジとばかりに、またボードをもって海に突入していったのでした。
そして、そこはまぎれもないバリ島ではじめて見つけたオレ波なのでした。

オレ波とは:
◎底に足がつくぐらいのことろでサーフィンができて
◎波の高さは膝〜腿くらいで(80センチくらい?)
◎もちろん底は安全な砂で(リーフじゃない)
◎ポイントが広くて他の人と波の取り合いをしなくて済む場所
のことです。

そういう波がバリにもあったのです。感無量。
しかし雨期、こちら側の海はシーズンではないので、海はゴミだらけ、水は砂で茶色くにごっていました。
ふん、だからなんだっていうんだ!オレ波にはちがいないのだ!
ぼくとそれほどレベルがちがわないであろう初心者たちと一緒に、小一時間ほど波とたわむれていたのでした。

ぼくは、初心者がボードから落ちるときに、笑いながらキャーとか叫ぶのを見るのが好きです。とっても楽しそうだからです。

そして、最後に申し上げることがあるとするならば、まだ、わたしく、ボードに立っていません!この日も立てませんでした!

もはや波のせいにはできない、バランスが悪いだけです。練習あるのみです。ボードが新しいからです。ぶつぶつ。

ビザの更新に成功!ハラハラドキドキ

今日、ソシアルビザの更新が成功しました。はらはらドキドキでした。
というのは、ビザは定期的に更新手続きをしなければいけないのですが、今回、手続きに入るのがわずかに遅れ、ビザの更新が間に合わないかも!という事態だったのです。詳しく説明しましょう。

ビザを取得日付が12月1日でした。最初の更新は2ヶ月後、ということでしたので、ぼくは2月1日が有効期限だと考えていました。ですので、2月1日に手続きが完了するように1週間ほど前に手続きを開始しました。
しかし、予想外というか知らなかった!その1週間の間にガルンガンというバリのお祭りが3日ほどもあったのです!つまり祭日で役所が休みになるのです。

そのせいで、ビザを受け取れると指定された日はなんと2月7日。有効期限を6日もオーバーしています。
そして、なぜぼくがそんなにはらはらしていたかといいますと、多少オーバーしたとしてもまさか国外退去などにはならないはずですが、オーバー分の罰金をとられると聞いていたからでした。
1日オーバーステイするごとに3千円ほど払わなければならない、と。

6日のオーバーをとがめられたらあなた、3千円x6日で1万8千円ですよ!そんな罰金払いたくねー!
いままで自炊などからめながら節約生活してきた努力がふっとぶ勢いです。どうしても払いたくない。
で、どうなるかな〜、バリの役所はいい加減だから見逃してくれるかな〜、とはいえお金にはうるさそうだから、めざとく見つけて、ともすると賄賂要求してくるんじゃないかな〜などと眠れない毎日を過ごしていたのです。

眠れないとはおおげさですが、嫌〜な気持ちでここ数日を待っていました。
で、今日、おそるおそるお役所に出向いてみると。。。なんとおとがめなし!無事ビザの更新ができていたのでした!

しかもよく考えてみると、有効期間は2ヶ月ではなく60日と書いてあるので、日数で計算すると有効期限は1月29日だったはずです。

で、更新スタンプをよく見ると、どうも2/3発行で2/28日までみたいです。
よくわかりませんね。。次は2月末までに更新ということかな。

まあ、とにかく、おとがめがなかった。多少の事はおめこぼしがありそうだ、ということがわかって、ちょっとほっとして、気持ちに余裕が生まれました。なにしろこれをこれから毎月しなければいけないのです。

しかし、油断禁物、次回はびしっと余裕をもってやってきます。

2/04/2012

バリの生活費ざっくり言うと

にお答えします。

ぼくのケースです。一ヶ月に使っているお金の内訳をざっくり書くと、

アパート:    35,000円(10帖くらい。エアコン、ホットシャワーつき。)
レンタルバイク: 6,000円
ビザの更新代:  3,000円
免許の更新代:  3,000円
食費など:    30,000円(一日1000円として)
===================================
基本合計:     77,000円


これに、6ヶ月ごとに出国してソシアルビザを取りなおさないといけないので、その費用が航空券代あわせて、最低でも4万円ほどかかります。で、それを6で割ると、まあ7千円くらい。
さらに、海外保険を月に1万円ほど払っているので、+1万円

とすると、毎月の必要経費は、

基本合計:    77,000円
ビザ取得代月割り: 7000円
海外旅行保険    10000円
=============================
合計:      94,000円


けっこういきますね。9万円強です。

でもこれはちょっと贅沢なパターンです。

来月に引っ越して家賃をマイナス1万円する予定ですので、まあ黒字ラインは8万円くらいになりますかね。

もちろん食費あたりをもっと切り詰めればさらにマイナス1万円は可能でしょう。もっと切り詰められるかもしれませんね。僕の場合はカフェを仕事場にしているのでその費用がけっこうかかるのです。ご飯よりカフェでのコーヒーのほうが高かったりしますから。といっても一杯200円くらいですけどね。

でまあ、そんなにかつかつでない生活をするなら、ぼくなりの感じでは、毎月の生活費は7万円〜10万円という感じでしょうか。

これを安いと見るか、高いと見るか。

もちろん、年金や税金のことは省いてあります。あくまでバリでの生活費の話です。

まあ、目安をいうとこんな感じです。

なので生活費はざっと日本の半分くらいかな、という印象ですね。体感的には半分以下かな。
やっぱ日本にいるとつきあいで飲みにいったりして、一回3千円とか飛びますね。そういうのがバリではあんまりないし、飲んでも1回千円くらいですね。服とかもあんまり買わなくていいし、大きなお金を使う機会があんまりないので、節約生活はしやすいと思います。



でもまあ、その生活費をどうやって稼ぐのか、そこが問題ですよね。
そこはぼくもアドバイスできにくいです。ひとそれぞれとしか言えないからです。ぼくはフリーランスで日本の出版社から翻訳の仕事をもらってやってます。
現地で就職してる人もたくさんいます。
日本のホテルのマネージャとか、現地ホテルのゲストリレーション(お客様係)とか、わりと探せば求人があるようです。
あと、聞いた中では、日本語雑誌の編集、ウェブページ制作会社、などがありました。
現地の会社に就職すれば、会社から住居が与えられたりして、給料がいくらもらえるかは聞いていないのでうが、生活は十分に可能ということだと思います。

あと、日本食の料理人はいつでも求人がある感じですね。最近でも料理人探してるってお店が2軒ありましたから。やっぱり和食は日本人じゃないとなかなか覚えられないみたいですね。育ってきた文化の力ってことですかね。ネイティブは強いです。

あと聞いた範囲でいえば、カメラマンとか、ビラ(一軒家ホテル)の経営、アパレル会社の経営、アクセサリー会社の経営などの人がいました。これらの人は本格派で、こっちでずっと住んでたりする人ですね。

まあそんな感じです。

まとめるとバリでの生活費の目安はもろもろ合わせて8万円強。少しぜいたくして9万円強です。

ほんと書く事無い

毎日とくに何も起きないので書く事がない。

最近思う事は、やはり毎日思考するものごとって毎日のインプットがつくるんだなってことです。
多くは自分に話されることばでしょう。仲間内での話題、家族との会話、電車内の吊り広告、テレビ、インターネット、これらが総合的に自分の思考の内容をつくるのですね。大半は。

ぼくはかなりインターネットをやるので、また、基本的にバリでも日本人とつきあっているので、あまり思考の内容が刷新されたりはしないのですが、それでも、体感する空気感がだいぶちがうせいか、日本にいるときと思考する内容や思考のし方が変わってきてる気がします。

うまく言えないんですけど。

まだまだ日本語でニュースを見て日本語でものを考えているので、あまり変わらないとは思いますがね。
ちょっとがんばって、ニュースはBBCかCNN見てますねーというところに行けば、また違う視点が育ってくるのかなって思ったりしますね。今年はそこらへんも目標に入れてみようかと思ってます。

でもねーなんかめんどうくさくてね。

いまバリは雨期で毎日雨が降ります。ちょっといやですね。出かけるのがおっくうになります。

でもようやくというかやっぱりというか、ぼくはどうしても海外で暮らしてみたかったようで、あの、日本にいたころにいつも感じていた、何か重大なことをまだしていない、という気分がだいぶやわらいできた気がします。とりあえず、バリではありますが、異文化体験とはいいがたいものがありますが、でもとにかくは国外で暮らしているのであり、とりあえずはこのままの日々が続けばいいかな、と思っている感じです。

これはぼくには珍しいことで、日本にいたときはいつも、早く現状を抜け出さなければと、抜け出す先も見えないままにいつも焦っていたような気がするからです。いまはその焦りの3分の1くらいがなくなった気がします。とりあえず、ここで1年、そのあとはまたどこかで1年、それぐらいすると、なにか人生で重大なことをし忘れたという気持ちもだいぶ軽減されるのではないか、と言う気がします。

でもなぜこんなに海外生活にこだわっていたのか、そしてその割にはぐずぐずしていたのか、それは未だわからないのですが、とりあえず、今ここでこうして住めていることに、ああよかったな、と思うのです。
それは、バリが最高!という意味とはちがうのです。日本が最悪だった、ということとも違います。

なにが大筋で正しい路線にようやく乗ってきたぞ、と言う気はするのです。それはなんだろう。
なにかこうする必要のあったことをようやく始められたという感覚です。

まだまだ足りません。ぼくの業を振り払うにはこんなもんでは足りない気がします。

思えば人生初めての割と本格的なフリーランス生活もここバリで始まりました。
もしかすると、そっちのほうかもしれません。ぼくがほっとしている要因は。
大筋この路線でいければいい、と思っているのは、仕事のことのほうかもしれません。

まだなんの基盤もできてない、危うい細い糸の上を歩いているような感じですが、
でもしばらくこのまま歩き続けられればいいな、っていう感じで、それはぼくが社会人生活をはじめて、もしかすると初めて感じる気持ちかもしれません。

何かずっと間違いだったことが、いま正さつつある、そんな気持ちです。
それとも、ただたんに、仕事量を減らしているからかもしれません。正直一日8時間働いていません。当然、収入も少ないわけです。それが今までより楽だというだけで、本格的に生計を立てたくなったときに、また苦労が舞い戻るだけなのかもしれません。

でもいまはこのままもう少しだけ、このまま行かせていただきたい。
その間にサーフィンも上手くなりたいし、英語もうまくなりたいし、いろんな国にも出かけてみたい。
書くこともうまくなりたいし、外国の友達も何人か欲しい。

とにかく、海外へ行かなくちゃ、という焦りのようなものは今はとりあえずなくなっているので、次の焦りが出てきてはいるのですが、こんどはそっちに気持ちをつかえればいいかな、というところですね。まあ仕事のことですね。そんな感じです。

2/02/2012

国民投票やってみたいね

原発の国民投票をやりたいなあと思っています。

なんか国民投票をやろう運動をしてる団体が署名を集めていると聞いて、オンラインで署名しました。
今度、国策として原発を推進するのか、撤廃するのか、の投票です。

そんな投票しなくても、もう原発推進はあり得ない、と言う気もしますが、なんか中途半端な感じでだらだら行くような気もするので、日本としては今後原発に頼らないでエネルギーを確保していくか、それとも安全をさらに強化しながら原発も併用していくのか、いったんきっちりと決めといた方がいいと思う。

いまの政府はたぶん断言しないと思う。見てると。なしくずし的にだらだら行くと思う。だから政府にやいやい言うよりは、国民側で意志を表明しておくのがいいと思うな。それには次の国会選挙まで待つよりも、国民投票でがツーンとやりたいよね。もちろん、本当に反対多数になるとは限らないけど。

忘れもしない、米国でブッシュが再選されたとき、ぼくはすごく驚きました。
あんなバカっぽくて戦争好きな大統領を2回も選ぶなんてアメリカ国民っていったい何考えてるんだ?って。
だってアメリカはほぼ直接投票ですからね、大統領は。国民が決められるのです。でもアメリカの多数はブッシュを指示した。それが当時のアメリカの現実だったわけです。

今の日本の「現実」がどうなっているのか、個人的に興味があるのです。
何%が原発に反対するのか。

国民投票、やりたいね〜。おれも不在投票で一票いれますよ。

ちなみにここで署名運動してます。
http://kokumintohyo.com/

でもあんまり署名が集まっていないみたい。
なんでだろう?
こんないいチャンスないのに。国民投票の結果を無視できる政治家はいないと思うし。

たぶん知らないんだろうな。テレビでも新聞でも載せてないんだろう。
それともこの団体はあやしい団体なのかな?あやしいも何も国民投票自体はどっちみちすべきだよね?原発を推進するのかしないのか、すごいでかいテーマなんだから。

どうなんだろうね。とりま、国民投票の結果を見てみたいな!

ものすごい抵抗にあっています

夜型の抵抗にあっています。

ここ1週間ほど、夜型から朝方に治そうと、強制的に朝9時ごろに起きてすぐに仕事しにカフェにいくということを敢行していました。最初の2日くらいは超眠かったのですが、無理矢理仕事して、仕事の後はどこかへ出かけたりして夜ぐっする眠ろうと努めてまいりました。
そして、夜12時すぎには寝床につく。
のですが、どうも寝付けません。無理も無い、この前まで夜型で、寝るのは朝方だったのだから。
でも、無理矢理ベッドに寝てるようにし、翌朝、また無理矢理9時に起きる、ということを1週間弱ほど繰り返してまいりました。

しかし、日頃の行いの悪さ故か、天性の夜型の血がそうさせるのか、今朝、昨日も朝9時に起きて一切の昼寝もせず夜は1時にはベッドに入ったにもかかわらず、今朝、ついには朝まで一睡もできず、めちゃくちゃ疲れているはずなのに眠りにつくことができず、で、結局眠れたのが朝の9時!で、起きたのが昼の13時でした。まったくの元の木阿弥です。

なんということでしょうか。1週間の努力が水泡にキスとはまさのこのことです。kiss to the water bubble. なのです。

そして、今日は仕方が無い、夜に仕事することにして、昼は出かけるか、ということで、バイクで未開拓エリアを探索して、夕方帰ってきたところ、ばたんと寝てしまい、起きたのが夜の9時でした。そしていま深夜0時、24時間営業のダンキンドーナツに陣取り、ノリに乗って仕事しています。調子いいです。

結論:オレは根っからの夜型だ。

はい、認めます。これから夜に仕事します。