10/27/2012

ラオスさようなら

今日はラオス最終日。いま13:41分。毎日通ったカフェでこれを書いている。Joma Cafeという。スタッフにもほんとよくしてもらった。ありがとう。

3時ならば迎えのバスがくる。そしてまた国境へ。タイへ帰るのだ。

ラオスのこのカフェJomaで働く若者たちをみていると、自分がおじいさんになったような気持ちになる。ほほえましい気持ちになる。この人たちを何と言おう。草食系?そんなもんじゃない。米食系?そっちのが近いな。お米をたべる人たちの原型のような人たちなんじゃないか、などと勝手に思う。

勝手に思うついでに、岡本太郎のことを一年ぶりくらいに考えた。彼は弱さをもっていたのだ、とふっと思う。弱さがでんぐりがえったのが彼の芸術だった。刮目すればわかる、大阪は千里にそびえ立つ太陽の塔は、強さの象徴なんかではなく、弱さがでんぐりがえってそそり立ってしまった、土から生えた人間集合の情念なのだ。

いまからまた長い長い列車の旅が待っている。正直疲れる。次は飛行機でくるかも。そういえば思いつきついでにいうと、僕はつねづね、東南アジア全域で肌が白いことが価値をもっていることに不思議な気がしていた。なんで肌が白い方がいいのだろう?西洋人がそんなに憧れか?と。でも、ここラオスで、あれ?と思い返した。ラオスのひとたちは肌が割と白い。日本人的な感じの肌合いでもある。インドネシアは黒人に近い黒さだ。タイはいろいろ混じってる。抜けるように白い人もいる。ある意味白人より白い。そして、肌の白さとはなんだろう、と思っていたら、もしかして中国?と思う。中華系の人はやはり肌が白い。中国に近づくほど肌が白くなるといっていいのかもしれない。つまり、勝手に想像すると、東南アジアの中心はやはり、中国だったのではないか、ということだ。中国から文明がじゃんじゃん流れてきた。みんな中国を向いていた。中国が最先端の文明国として憧れと畏怖の対象だったのではないだろうか。古い民話などをひも解いてみなければわからないだろう。でも、そういうことかも、と思う。日本だって古くはずっと中国を中心だと見なしていた。東南アジアだってそうだったのかもしれない。

なんてことを思いながら、ラオスのネットがつながる最終コーナーを曲がるところだ。あと10分。いまから最後のご飯をたべにいく。なんてことはない、宿の向かいにある定食屋だ。たぶんラーメンかなんか食べる。でもそれでいいのだ。おいしいし、ぼくだってただの庶民なのだから。

なごり惜しい。でも早く帰りたくもある。早く帰ってバンコクの生活を立ち上げたい。といってもとりあえず半年なんだけどね。 でも生活を立ち上げたいのだ。

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