10/14/2012

書評:「わたしたちが孤児だったころ」(カズオ・イシグロ)



余談から始まるが、昨日、ラオス行きの鉄道チケットを買いにいった。タイにはビザなしで入国したので滞在期限は30日なのだ。いったん外国に出て、そこで改めて観光ビザを申請する。そういう流れになる。うまくいけば6ヶ月、ないしは3ヶ月のビザをゲットできるらしい。しかしその鉄道、9時間もかかる。もちろん寝台列車にした。そんな長時間は、インドのデリーからバラナシへ12時間の列車の旅以来だ。なんだか懐かしい。

ところで、カズオ・イシグロの『わたしたちが孤児だったころ』を読んだ。僕的にはこの本は、同じ著者の『日の名残り』と同じ構造をしているように見えた。

自分の使命を全うすることを生き甲斐としている主人公が、使命に、仕事に生きていく。 その過程で、ある女性とあわや恋に行きそうになる。だが、主人公が鈍感だったり、使命を優先しなければならない出来事があったりして、そのあわやは起きずに過ぎる。そして、最後には自分が一生をかけて追いかけてきた使命が実は幻だったことがわかる。

そんな物語に読めた。そして『わたしたちが孤児だったころ』だ。僕はいろんなことを読みながら感じだ。まず、この物語は上海事変の頃の上海租界が舞台となる。日本軍と蒋介石の中国軍が衝突をしたころだ。そしてアヘンの問題も扱われる。そういう時代性ももった小説だ。そういう側面を語るなら、物語の後半、戦闘地区に紛れ込んでしまった主人公が日本軍に保護される。そこで主人公が日本軍の将校にいらだちを込めながらこんなことを言う。「日本が中国と小競り合いをしているせいで、上海がおかしくなってしまった。自分の使命も果たせなくなってしまうかもしれない。まったく迷惑なことだ」的なことを。

すると日本軍の将校は答える。「戦闘はもっと拡大しますよ。これは誰もが通る道なんです。日本もあなたの母国イギリスのような一等国になりたいのです。そのためには避けては通れない道なんです。あなたの母国イギリスも通ってきた道です。」
 (小説中の実際の台詞とはだいぶ違います。あくまで僕の記憶で書くと、こんな感じ)

そう、最近とみに先に戦争のことが気になっている僕には、この小説で、こうした大国の欺瞞みたいなものが物語られている気がしたのだ。

イギリス、フランス、米国、そして日本が、上海の租借地でつかの間の栄華、租界を営んでいた。列強各国は貿易など営みながらそれなりに我が世の春を過ごしていた。華々しい社交界も連夜催されていた。そんなさなか、日本軍と中国軍が紛争を始めた。上海近海に戦艦を展開する日本。租界近くの中国軍を砲撃する日本軍。列強各国は、なんてことを始めてくれたのだ、と日本を責める。せっかく落ちついてやってたのに。野蛮な侵攻を開始するなんて…

ところが、同じ物語の中で、イギリスとアヘンのことが語られる。そのころ、イギリスがインドで製造したアヘンを中国に売って膨大な利益をあげていた。それは国家的な事業といってよいものだった。そのアヘンのせいで中国にはアヘン中毒で廃人になった中国人があふれにあふれていた。主人公の母親(イギリス人)はそれをやめさせる活動をしていたのだ。 そして父親はアヘンを売る貿易会社に勤めていた。そんな背景が語られる。長い間、中国を食い物にしてきたのはまさにイギリスなのだった。

そこで、主人公の母親たち活動家は、中国の軍閥に、アヘンを運ぶイギリス船の運行を妨害してくれるように頼む。軍閥とはまあその地域を牛耳っているマフィアみたいなものだ。軍閥は、それを承諾する。しかし、軍閥はイギリス船から奪ったアヘンを、自ら中国人へ売り始めてしまう。おなじアヘン患者たちに。中国人が同胞の中国人を廃人にすることに加担、いや、お金のために率先してやってしまったのだ。

そんな話が横線として語られる。これはこの小説のメインのストーリーではない。主人公の使命はまったく別のところにある。でもこの小説を読んだことで、上海事変あたりの矛盾や状況が、肉感をもってせまってくる気がした。

おっと、これでは書評になってないかもね。今、ぼくは支那事変〜太平洋戦争終結までのことが気になってしかたがないのです。あれは一体なんだったのか。どういうことだったと語れているのか。ぼくが子どものころ、あの戦争のことを正面切って語ってくれた大人はいなかったのです。そう、両親も学校の先生も。なにか過去の過ぎ去った事実として淡々と歴史の教科書を読まされた記憶しかない。出来事だけを教えられた。しかし、あれはなぜ起きて、当時の人はどう考え、のちにどう解釈されたのか、そしてあの戦争が今の日本にどうつながっているのか、そういうことをきちんと教えられた記憶がない。どえらいことなのに。そしてついこの間のことなのに。

だから、しばらくは戦争の話しが続くかもしれません。


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