いまダンキンドーナツに来ている。仕事をしにきたのだ。
しかし。なぜ自宅では仕事に集中できないのだろう。
なぜなのだろう。
今のところに引っ越してから、近くにカフェがないので自宅で仕事をするようになった。
2ヶ月前くらいだ。やってみると、できるじゃない!ということで、朝起きてからすぐ2−3時間集中することができるようになった。なんだ、要は集中力次第なんだよね。と。
ところが、ここ一週間ばかり、自宅で仕事をしてても時間ばかりが過ぎて、全然進んでいない事に気づく。これはいけない、ということで今日は速攻でマックとともに家を離れ、カフェを目指した。
そして、いまダンキンドーナツ。なるほど、家よりは仕事モードになって、それなりに進み出した。
しかし、なぜ、自宅ではだめなのか。それとも、ただ「飽き」が来るとだめだということなのかもしれない。つまり、カフェも毎日通っていれば自宅化してしまうのかもしれない。とにかく、いま、自宅ではどうにも気が散る、という状況に陥っていることがわかったので、当面は外で仕事をすることにする。
さてバリ島である。窓からふと空を見上げると、凧が2つ、そよいでいる。青空と雲を背景に、ぞぞぞぞぞーっと空を泳いでいる。よくみると向こうのほうにも凧が。すっかり見慣れてしまったが、これがバリの風景である。よく考えれば、優雅なものだ。孤独なフリーランス、このバリの油断した感じにけっこう助けられてなんとか保っているのかもしれない。来月を乗り切れば祝一周年になる。
ところで。200本を達成した。いつのまにか翻訳した記事が200本を超えていた。なかなかだね、これは。ちょっとご褒美ありなんじゃない?ということで、こんどサーフパンツを新調することにしよう。高いけどブランドものに手を出しちゃおうかな。ビラボーン、リップカール、クイックシルバーだ。
とはいえ、バリではおれは金持ちの部類に入る。日本人というだけで金持ちなのだ。
おれの微々たる収入でさえ、日本にいればワーキングプアと呼ばれであろう収入でさえ、インドネシアでは高給取りの部類に入ってしまう。現地の人から金持ちという目で見られるたびに、なんか納得いかない感が漫然とある。ちがうって、おれ貧乏だって、日本人としては!と力説したところで、Macを持ち歩き、エアコンのある部屋に住んでいる俺はどっから見ても金持ちの方に入るのだ。
そういう矛盾感を味わうことになろうとは思わなかった。これもまた、アジアに住んでみる、という実験の成果のひとつだろう。住まなければ、現地人の友達などができなければ味わうことはなかっただろう気持ちだ。割と大切に思っている現地人の友達が就職活動で苦労している。もうすぐお金がなくなると慌てふためいている。就職が決まるまでの生活費をおれが出してやることだって不可能ではないのだ。それは好意になるのだろうか?それとも札束にモノを言わせる暴力的な行為なのだろうか。
たとえば、昨日、こういう会話があった。
日本人たちと楽しく飲んでいると、takaは最近出会いあった?と聞かれた。
それで、ないこともないよ、かわいい現地人と何人か知り合ったよ、と言う。
すると「もう親が病気になった?」と笑いながら聞かれた。
つまり、こういうことだ。そういうケースがたくさんあるということだ。
つまり、現地人の美女と知り合う。うれしになってつき合う、するとしばらくすると、その子の親が病気になったと言われる。治療費に何十万もかかる、どうしよう。
どうだろうか、愛する彼女からそう言われたら、男なら金を出すだろう。払えない額ではないならなおさらだ。だが果たして、それは嘘なのだ。家族ぐるみで日本人をだますのだ。親からお礼の電話がかかってくることさえあるそうだ。そういう詐欺めいた話がわんさかあるのがここインドネシアなのだ。そんな実話をもううんざりするほど聞いた。
もちろん、そんなことをする人は一部だろう。それはインドネシアの名誉のために言っておかなければならない。まともな女の子もたくさんいる。しかし、見過ごせないほどたくさんいることもまた事実なのだ。油断していれば自分もいずれそんなケースに当たるだろう、というくらいには。
日本だって「玉の輿」という立派な言葉がある。
簡単に言えば、金持ちと結婚する、ということだろう。それが人生の成功だ、ということだろう。
インドネシアにいると、自分が玉の輿に乗られる側になるのだ。そのことにびっくりしているのだ。
まさかぼくが、逆玉に乗る事はあっても乗られる側に回るとは露ほども思わなかった。この甲斐性なしのおれが。玉の輿の「輿」になれるのだ。
いっそ輿になって、稼ぐ夫としてインドネシアで生きるのもありかな、とちらっと思う。
いまの経済格差がすぐには埋まらないという前提が必要だが、その前提にたてば、ここではおれは稼ぐ夫になれるのだ。あんたの稼ぎが少ないせいで、と日夜責められながら日本でダメ夫に甘んじるよりはよっぽど精神衛生上ましな人生が送れるだろう。
ノマドワーキングは、そこまでの可能性をおれにカイマ見せている。
オフィスを離れて自由にお仕事、などという甘い話ではないのだ。
アジアに住んで、玉の輿に乗られるのもありかも、というヘビーな可能性までをも開いたのだった。
2 件のコメント:
翻訳記事200本達成おめでとうございます^^
本当にすごいと思います!僕もTakaさんを見習ってがんばっていこうと思います!あと、ぜひスカイプで話しましょう^^
どうもありがとう!翻訳仲間としてがんばっていこうね!スカイプしようね!
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