1/23/2013

帽子屋さん

オフィスの向かいに、帽子屋さんができていた。
オーナーは日本人だった。アパレル関係の仕事をずっとしてきたらしい。帽子屋さんはコーヒーショップも兼ねていた。ネルドリップの美味しいコーヒーをいただく。おもちで作ったワッフルもサービスしていただいた。おいしかった。

久々に本当においしいドリップコーヒーを飲んだ。こっちではどこの店でもマシンでコーヒーを淹れている。自然と濃い感じになる。スッキリしたドリップコーヒーはやっぱり僕は好きだ。

一緒にいったドイツくんが、そろそろ名前で呼ぼう。マイケルが、モチって何?と言ってきて、なぜか僕は爆笑してしまった。もちを知らない人がいる。当たり前だけど。もちの説明に苦しむ。一緒にいったタイの子、ポイは、ライスブレッドだよ、と説明していた。お米のパン。かわいい表現だね。でも、イメージつかめないだろうな、と思ったらまた笑えてきた。

そう、その帽子屋にいくときのこと。前から日本人の店だ、コーヒーもある、とは噂に聞いていた。でも、言った人が皆、あそこは本当のコーヒーじゃない、カフェイン抜きのデカフェだ、と言っているのを聞いていたので、なんとなく足が向かなかった。

でも、今日、一度くらい行ってみるか、と思って、でカフェでもいいから行ってみるよ、言うと、マイケルも行くと言う。よし行こう!と出かけようとしたところ、ポイが、私も行きたい、と言った。帽子が見たいのかもしれない。でも、なんだかクスっと笑ってしまった。

そして3人で本当に真向かいの、歩いて10秒のお店に探検に出かけるとき、なんだか幸福感があった。わくわく。とても小さい気持ち。でも、なんだか、いい感じ。

そして、こんにちわ〜っと入っていくと、しゃれおつなオーナーと、品のいい、タイ人スタッフたちがサワディーカーっと出迎えてくれた。すごくおしゃれで、すてきなお店だった。ソファーもある。ゆっくりした。

珍しく、ああ、こんな家に住めたらいいな、と思う。ここは大きな邸宅の1階をお店に、2階を住居にしているそうだ。お庭も明るくて静かですてきだった。ほっこりした。ああこんなところで午後のコーヒーを飲めたら、いい暮らしだな、と思う。

普段、家的野心はあまり持たないように抑圧しているのだが、今日ばかりは素直に、こんな家に住めたらすてきだな、って思っちゃった。

明日も来ます、てなことを言いつつ、オフィスへ戻る。これからここでおいしいドリップコーヒーが飲めるのかと思うと、ほかほかとした気持ちになった。

そして、このオフィスには危険な特徴がある、それは、リッツが食べ放題なことだ。あのお菓子の王様、パーティーの陰の立役者、リッツが、毎日毎日、いっぱいになっているのだ。基本的に僕しか食べていないようで、昨日から減っていない。でもぼくは一日に、リッツ半箱分くらい食べちゃうので、スタッフの人はたぶん2日に1回は補充する目にあっている。すまない。でもおいしいのだ。こんなに毎日食べられるお菓子ってほかにある?

昨日などは、昼間オフィスでさんざんリッツを食べたのにもかからず、家の帰る途中のコンビニでまたリッツを買ってしまった。リッツ中毒の様相だ。

と思っていたら、昨日あたりから、リッツにクリームがはさまっている新種が現れていた。オフィスに。おいおい。。これではおれに溺れろ、といっているのに近い。書いてるそばからいま、リッツをとりに行っちゃった。言うまでもない。

今日は三島由起夫の動画を見ていた。やっぱり、三島がなんであんな行動で自決したのかさっぱりわからない。最後の演説も聡明な三島にしては支離滅裂に聞こえた。いったい何がしたかったのか。とはいえ、気がおかしくなってるようにも聞こえなかった。そして、三島の幼少のころの写真を見たら、あ、おれに似てる!と思った。非常に珍しいことだ。自分に似ている人にはめったに会ったことがない。でもぼくの子どものころの写真にどこか似ていた。顔にしまりがないところが似ていた。

慌ててトイレで鏡を見てみたら、もう似ていなかった。ぼくの顔はしまりがついてしまっていた。なんだか残念な気持ちになる。そんな険しい顔しなくていいのに、って自分に言いたくなった。

でもマイケルが撮ってくれた帽子をかぶった自分の写真をみたら、しまりのない顔をしていた。まだしまりのない顔もできるじゃない、と少し安心した。でもそれはよそ行きの顔なのかもしれない。この顔がみんなが僕をみるときのベースの印象なのだとしたら、それはかなりよそ行きだよ、ってことだなと思ったら少し悲しくなった。

そして今度は久しぶりに横尾忠則のツイッターをぐいぐい読んでみた。やっぱり横尾さんは面白い、なんでこんなひょうひょうとしているのだろう、もうかなりのお歳なのだが。ぼくはなぜか横尾さんの書いているものを読むと、心が安らいでくる。えらいお坊さんの話やスピリチュアルリーダーや、ビジネルリーダーや、そのほかのアーティストの前向きなお話を聞いているよりずっと、横尾さんのいまいち意味不明のよもやまばなしを聞いているほうがずっとずっと元気がもらえるのはどういうことなのか。

横尾さんの絵は、怖いからいまいちよくわからないんだけど、ぼくはかつて資生堂が主催する横尾さんのトークショーに行って、横尾さんに何かを質問してじきじきに答えてもらったんだけど、何を質問したのか忘れてしまった。

いや、本当に思い出せない。意外だ。あ、思い出した、横尾さんは未来のことを心配しないのはなぜか、とか、なんとかそういう質問だった。
横尾さんは、1時間後くらいのことしか考えないそうだ。たとえば、1時間後の新幹線に乗らなくちゃ、くらいのことしか。明日の予定は知らないことが多い、みたいなこと言ってた。すごい境地だ。

人類の宝みたいな人だから、もう一回、生で会いたい。というか、一度お話をしてみたいな。よもやまばなしを。

今日は、なんとなく、やることが尽きた。まだ8時半。マイケルも帰ってしまった。夜をどうやってすごそうかな、と思ったら、んーって気持ちになった。

なにかひたすらそればっかりやっていたいようなことがあればらくなんだけどなあ。

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