9/16/2012

友達がきている

いま、吉祥寺ゲストハウス時代に一緒に住んでいた友達が遊びにきています。
毎日、狂ったようにしゃばり倒しています。ぼくが、です。

思えば、彼とは毎朝井の頭公園で待ちあわせて駅まで道のりをおしゃべり散歩した仲なのです。毎日、毎日、人生について語っていました。

そして、いま、一年ぶりに再会して、また同じ話をしているおれたち。回答のない人生よもやま話です。でも、この1年でお互いの状況は少し変化しており、具体的な内容こそはちがいます。直近の悩みの内容が1年たって変わっています。当たり前といえば当たり前の話でしょう。環境が変われば悩みも変わるのです。ところが、彼がきてから5日間、毎日24時間一緒にいるわけですが、話のネタも完全に尽きて、そうなると、見えてくることがあります。それは、お互いにまあ、お互いというか、ぼくは、ということにしますが、まあ、よくよく目を凝らせばもう10年くらいのスパンで同じ大きなテーマを突破できずにぐるぐるしているというのが見えてくるものです。そこらへんにくると、もはやおしゃべりでは何の解決にも安らぎにも癒しにもならないということがわかってきます。

まあでも、エネルギーの放散としてのおしゃべりは、ぼくには本当に必要だということがわかります。何の因果かひとりで黙々とやる翻訳という仕事を選んでしまいました。これがことのほか、つらいです。しかし、おしゃべりしながら翻訳できませんから、しかたがありません。おしゃべりしながらだとむしろ効率があがる、そんなワーキングスタイルを身につけたいものです。

そして、毎日波乗りをしたり、観光したりして、今日はちょっと二人ともお疲れモードです。ずっと寝ています。今日はどこで何をしたらいいのだろうか。。ネタもつきてきました。

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とここまで書いて、結局は波乗り、そして夜遊びにいってきました。まあまあ楽しんでくれたようです。

そしてぼくは、自分が本当にばかなんだということを本当に今、かみしめています。
どうしても破綻のほうに行動が向いてしまう、そんな傾向が間違いなく、あります。
人生を着実に積み上げていく、そんな生き方をどうしてもしたくない、というかたくなな何かが僕の中にあるのです。投げやりになりたい。なげやりに生きてしまいたい。そんな気持ちがぼくの中でふくらし粉のようにふくらみ、ぼくをどんどん追いやっているのです。もちろん僕はもう大人なので、本格的に路頭に迷う前に、なんとかします。それはします。しかし、もう、どにでもなれ!そんな僕のなかに鬼がいて、おまえ、もう、どうにでもなれ!とけしかけてくるのです。この鬼を(ちょっとかっこつけすぎ?)、この鬼をどう飼いならすか、それがこれからのテーマになりそうです。鬼が言い過ぎなら、ネズミ男でもいいです。ネズミ男をどうてなずけて、一応まっとうな範囲の人生に着地するか、それがいまからのぼくの闘いです。応援が必要です。声援を!もっと光を!






2 件のコメント:

すぎえり さんのコメント...

やっぱり教える仕事が合ってるんじゃないかなぁと読んでいて思う。相手は子供たち…これポイントね。

Unknown さんのコメント...

子供たちに教える仕事かあ。なにか機会があればやってみたいな。波乗り教えてわかったけど、教えるのはやっぱ楽しいね!