2/14/2013

親子ライダー



タイ人アーティストシリーズ。

仮面ライダーみたいんだね。家族かな。母と父がお面をつけている。子どもはウインクしている。お面の下には顔が描かれているのだろうか。

ここのところ、翻訳の宿題を結構片付けることができた。少しずつ集中力が戻ってきたようだ。翻訳スランプは脱したのかもしれない。

ひとつの理由は、いままでなんとなく基礎理論なく翻訳を続けてきたことにあるのかもしれない。というか、翻訳に基礎があるとは考えていなかった。いや、翻訳というよりは日本語の文章そのものかもしれない。

とにかく、ある時から自分が書いた訳文を「読みずらい」と感じるようになった。でも直し方がわからなかった。1つのヒントはあった。とある編集さんが、文を簡潔にする作業が大変だとつぶやいていたのだ。

例えば、「行うことができます」を「行えます」にするだけでずいぶんリズムがよくなる。なるほど。たぶん文章術の基本事項なのかもしれない。意識していなかった。その目で自分の訳文を見ると、「xxすることができます」のオンパレードだった。汗がでた。

まず、それを改善することから始めて、なるべく簡潔な訳文を意識しはじめた。まだ始めたばかりで、それが成功しているとは言えない。が、思わぬ副産物があった。それは、とにもかくにも「指針」が生まれたことで、途方に暮れていたところにやる気が戻ってきたのだ。

それまでは、書き直しても書き直しても、改善しているのかすらわからない、状態が続いていたのだ。最後は勘で提出。

いまでも最後は勘なのだが、それでも最低ラインが生まれた。冗長な表現はとりあえず削ってあるはずなのだ。

そして、ああ、翻訳を仕事にしているくせに翻訳の本を読んでいなかっことに気づく。そして、アマゾンで翻訳術なる本を見つけて買ってみた。まだ読みとおしていないが、「なるべく英語の語順で訳す」など、指針となりそうなことがいろいろ書いてあった。

なんだか少しほっとした。指針が手に入りそうだ。少なくとも「改善」への道が開けた気がした。

日本語だと思ってなめてたな、、これが今の感想である。英語はいまやっているテック系やビジネス系ならまあ理解できる(背景がわかるからね)。あとは日本語力だ。日本語は母国語だ。しかも国語は得意だった。そんなこんなで、翻訳にもスキルがあることをそれほど意識していなかったのだ。

話ちょっと変わるけど、たまにGoogle翻訳に負けることがあります。。20勝1敗ぐらいだけど、たまにGoogle翻訳のほうがすっきりした良い訳文を出してくることがある。たいていは、そんな文章おかしいだろ、って感じだけど、たまに、スコーンといい文章あげてくる。Googleあなどれない。

たまには仕事のことも書いてみました。


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