6/07/2012

まてよ

昨日、ふと「待てよ?」と思うことがあった。
あれはいつものようにバイクで走っていて、工事現場の仕事を終えたインドネシア人たちがトラックの荷台に山積みになって帰っていくのを見ながら、ああ、彼らの日給はぼくの昼飯代よりも安いのだ、とまた経済格差について不快な気持ちになろうかとしたその刹那、その刹那に、ふと、あれ?でもさ、インドネシアに金持ちもいるよね?という思いが頭をよぎったのだ。
そういえばシンガポールで会ったジャカルタ在住というインドネシア人華僑は結構羽振りがよさそうだったり、バリ島だって、地主やホテルのオーナーは高級車を乗り回している。そういえば、ぼくが前に住んでいたアパートホテルのオーナーは、Canonの高級カメラを持ち歩き、Macbook Proをかちかちやっていた。車もいいのを何台も持っているし、趣味で乗りもしないビンテージベスパを集めていた。

そうか、べつに国と国とに経済格差があるのが問題というわけでもないんだ。日本とインドネシアの経済格差ばかりが気になり、いわゆる先進国の金満国に生まれた日本人のぼくが円高を利用してインドネシアでまったり暮らそうとしていることを、どこか気まずいことのように感じていたが、つまり、ぼくは搾取側で彼らは搾取される側、みたいに感じている部分もあったのだ、よくよく眼をこらしてみると、いや、ぜんぜん眼などこらさなくても普通に見渡せば、インドネシア国内の経済格差のほうが断然激しい。

ジャカルタにはビルが建ち並らび、スーツのビジネスマンたちが闊歩している。もちろんインドネシア人たちだ。政府の高官や企業の重役はプール付きのデラックスな家に住み、家政婦をやとって高級外車を乗り回す。海外も飛び回っている。その一本裏道に入ればスラムが広がり、今にも飢え死にしそうな人々が真っ黒になってそぞろ歩いている。見慣れたアジアの光景だ。バリ島だってその片鱗は見えるし、現に昨日友達になった36歳のインドネシア人は、今は食堂のオーナーになっているが、10代のころは道ばたで寝ていたという。いわゆるストリートチルドレンだったらしい。

それがこの国の現実なのであり、つまりはそれはインドネシアの国内問題なのだ。
国の富裕層の人たちに、平等の意識とか、国民みんなが貧しくない暮らしをできるように、と願う気持ちがあれば、こんな風にはなっていないはずだ。もはや諸外国の支配ははずされ、まぎれもな独立国家なのだから。

つまりは、政府や金持ちの人たちが、下々の奴らのことなど知らん、勝手に道で寝てろ、と思っているから、こんな風な露骨な格差社会ができあがっているのだろう。それはインドネシアの問題で、おれの問題ではないのだ。すくなくとも俺の頭を悩ます前に、てまえらの頭を悩ませるのが先だよね、と思える。

だからオッケー!と言うつもりがあるわけではないが、国内の貧富の差、これはほぼどこの国にもあるし、ぼくがバリ島で貧しい人々をみかけて気に病むことがあったとしても、それはぼくが何かをする前に、インドネシア人同士で何かをすべきなんじゃないの?とは思えるのだ。

よく、資本主義がどうだのこうだのという議論があるが、歴史をひも解いてもみても、どの時代、どの地域でも貧富の差というものはあった。永遠にあった。どんな経済状態の国や地域でも、お金持ちと貧乏人というのがいて、お金持ちが食いきれない食べ物で腹をこわしているときに、貧乏人は飢え死にしていたのだ。それが人間がつくってきた社会の歴史なのだ。

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