4/14/2012

玄米調子ええやん


玄米を炊き始めて一週間。今日、やっとコツをつかんだ気がした。
圧力鍋で炊いているのです。圧力鍋初めてなので、よくわからんのです。
シュシュシュシュ言い始めてからどれくらい熱すればいいのか、などなど。
ネットを調べても諸説あって、何分どうすればいいか。
でも、むかし千葉のあるお宅で玄米の炊き方を教わった覚えがあるような気がしてきて、うーんと思い出しながら試行錯誤していたのですが、きょう、なんとなく、これかな、というのに行き着いた。
それはシュシュシュシュいいはじめてから弱火で5分あっためて、一回火から下ろす。
圧力が下がって圧力プラグがチンと下がったら、もう一回シュシュシュシュ言わせて、1分数える。そして火から下ろす。どうかな?正解かな?
これでなかなかのもちもちとはいかないまでも、もちx1.3くらいにはなった。
そこに、まだ熟れきらないアボカドを醤油づけにしたものを乗せる。チューブのみそ汁をひねり出しお湯をかける。どーですか。俺的にこれでパーフェクトな朝飯になる。俺的とは、料理の手間とかいろいろの要素の兼ね合い的に今のところのベスト朝飯、ということね。メンドクサイのは続かないからね。

ということで、玄米食ってるよ。いつまで続くかな。まあ、続くまででいいや、とりあえず第一回目だからね。

今日もね、仕事とサーフィンしかしてないから書く事ないよ。でも書かないといつまでも書かなくなりそうなので筆をとったよ。

きっと10代のころは、一冊の小説が今よりずっと大きなワールドをつくった。
そんなことをふと思い出すような気分になった。
なにか一冊の本を読んだ。例えばプラトーンというベトナム戦争の映画の原作本を読んだ日、ぼくはその本をその日一日読み続け、たぶん3日前くらいから読み続け、その日の晩飯前に読み終わった。そして、ご飯だよ〜と呼ぶ声。ぼくは食卓についたが、この食卓と家族という現実がどういう現実なのかよくわからずに戸惑っていた。プラトーンの世界が強烈すぎたのだ。少佐が死んでしまった。。プラトーンの兵士達と思い出を共有してしまったのだ。そして、いまこの平和な食卓を囲んでいるのだが、なんだか逆に現実味が湧かないでいた。簡単にいえば、ひたすらボーーッといていたのだ。その余韻は翌日も続いたような気がする。そして何かただならぬものを読んでしまった、やばかったかな、とさえ少し思った。そんな思い出もある。

高校生くらいのとき、いや大学生だったかもしれないな、三島由紀夫なども愛読していた。ぼくはそのころ、自分が世界で一番頭がいいと思っていたから、三島を知った衝撃はでかかった。つまりこういうことだ。世界中のあらゆる問題は僕に聞いてくれ、ぼくが即答で解決してあげよう、本気でそう思っていた。あれは17歳だった。なんで地球はぼくを中心に回ってるのかな?なんで神様はぼくをそういう風に生んだのかな?という疑問に日夜頭をひねっていた。そういう高校生だった。

そんなぼくが三島由起夫の小説に出会った。あれはなんだったかな。たしかこういう一節があった。葬式というのは死者のためにするのではない、残された遺族のためにあるのだ。と。おおお。それおれが考えてたことじゃん!おれより先に思いついてる人がいたのか!と驚きだった。それは小さな驚きとして、他にも数々の、それはおれが考えたことだよ、もう20年も前に考えてた人がいたのかーと本気で驚いた。行動学入門や、不道徳教養講座などなどエッセイも読破した。そして、しみじみこう思った。生まれるのが遅かった。あと20年早く生まれていれば。。本気で悔しかった。あと20年早く生まれていれば三島と語り合うことができただろう。僕たちは語り合うべきだったのだ。

そして、ぼくは17歳にして初の敗北を認めた。ぼくは三島に負けた。ぼくは三島由紀夫の部分でしかない、そう思った。ぼくの思考する空間があるとしたら、その空間は三島の思考空間に含まれてしまっていた、そう思ったのだ。つまり、ぼくが考えついたありとあらゆることは、すでに三島が考えついていたはずだ、という敗北感だった。それは敗北感というには幸福すぎる感覚でもあった。負けた、という感覚はあるにはあるのだが、ああよかった、というほっとするような気分もどこかで湧いていた。

ぼくは三島に包まれてしまった。いったい何冊読んだだろうか。文庫本を1冊づつ買いそろえていった。とはいえ、全巻読破にはほど遠く、処女作かつ最大の問題作であるはずの「仮面の告白」はたぶん最後まで読み通せなかったような記憶がある。「金閣寺」もなんか面白くないな、と思ったはずだ。最後の4部作も読み通していないと思う。いや、何度目かの挑戦のあとに読み通したのかもしれない。

そういう三島体験があった。そのころ三島の本は、ぼくにとって何かただならぬ重要なものだった。人生空間の半分ぐらいを占めているような感覚というか、三島とともにしばらく暮らしていたというか、そういう時代があった。短いとは思うけど。

なぜか三島を語ってしまった。それから寺山修司なんかを買いそろえたり、マイクルクライトンの新刊を待ち望んだり、村上春樹を読み始めたり、よしもとばななを読んだり、なにか本というものが自分にとってすごく大事なもの、本の中だけにぼくの本音が隠されているような気分で生きている時代があった。20代のころだ。

あの頃は、、ぼくはそれを必ずしも肯定しない。本の世界といわず、もっと目の前の世界を読めばよかった。そんな風に思ったりする。あの頃は未来のために生きていた。

しかし否定もする気はない。自分というものを立ち上げるために本の力を借りたのだろう。そうやって探っていくしかなかったのだ。ことばの力を借りたのだ。

今のぼくにとって、より肉体というものがモノを言い始めた。面白い本一冊より、いい波に一本乗りたい。いや、それは格好つけすぎかもしれないが、肉体の力をもっとちゃんと使いたい、そんな気分なのだ。もちろん、飽きっぽいぼくのことだから、来月何を言っているかはまた別の話だ。

そういえば三島由紀夫も晩年、急に体を鍛え始めた。青びょうたんみたいだった童顔の青年が、ムキムキの筋肉マンになっていったのだ。ジムに通っていたらしい。そして自衛隊での訓練、盾の会、市ヶ谷駐屯地、と時代は進む。おれは違うぞ、と思う。おれはただ波乗りがしたいだけなのだ。いや、そうじゃない、体に筋肉がついていくことをどこかでうれしく思っている。おれにも筋肉がつくのか!と。

結局僕は、三島由紀夫がどうして最後あんなことをしたのか理解できないでいるのだ。あまりにナルシスティックじゃないか。あるいはそうじゃないのか。

いったい何の話だか。玄米の話がどうしてここに。

もう他人の芸術の中にぼくの中の本当に大事なものがある、と思わないのかもしれない。
僕の中に隠された何か大事なものが、誰かの芸術作品の中に隠されていると思わないのかもしれない。
それはわからない。

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