7/10/2013

ジブリの新作

気がつけば、宮崎駿の新作がもうすぐなんだね。いいタイミングで日本にいられた。今日、TVでジブリ特集みたいなのをやってたので見ていた。

すると、新作「風立ちぬ」のワンシーンとか、ストーリーとかがチラチラと出てきた。そのたびに僕はひゅっと息が止まるような気がした。かすかにだけど。つまり、緊張するのだ。

そして、背景画が映ると、あれ、あの感じだと天空の城みたいな夢見る映画じゃないんだろうなーとか、でも、色はいいね、スカッと気持ちいい空のシーンを見せてくれそうだな、とか、なんかそういうのを一瞬で考えて、ヒヤッとしているのだ。

あれ、なんでジブリの新作のことで俺が緊張しなければならないのだ? とふと我にかえる。関係ない。おれの作品じゃない。しいていえば、やっぱり期待しているのだ。いい映画であってほしい、感動させてほしい。と。

で、次から次へと出てくる、ほかのエンターテイメントとは違うのだろう。TSUTAYAで映画を選ぶのとは違う。これがつまらなかったらあっちを見よう、というのではない。宮崎駿の映画、今回の次は、また何年後になるかわからない。もちろん、今までの映画はほとんど見た。だから、今回の映画でやっぱり、あの気持にさせてほしい。ナウシカや、魔女の宅急便や、耳を澄ませばの気持ちに。

あの気持にさせてもらうのは、意外とないのだ。ということを改めて気づく。事実、ぼくがバンコクで日本が恋しくなて手を伸ばしたのは、ジブリ映画だったのだ。もちろんすでに見た作品だ。でもDVDを買って見たのだ。

わかっている。宮崎駿の映画が、ある意味きれいごとであり、あんな純粋な人間いないだろうし、青春はあんなに潔くない。だから、世界観のみならず、人物描写も含めてファンタジーであることぐらいは。でも、そういうのを見たい、という欲求が存在する。こんな世界はありえないとわかりつつ、でも、見る。

しかし、いま2歳になる姪っ子が泊りにきていて、何日も一緒にいると、ここにあるじゃないか、などと思ったりもする。無邪気な世界がここにある。いつか失われるであろうファンタジー世界が局所的に広がっている。ばかみたいなことでうれしくなってはしゃいでいる姪っ子の顔をみつめながら、この子もいろいろ複雑で不安がちでたまに陰気でたまにいじわるで、自意識過剰のくせいに自信がなくて、昔のことをいつまでもぐちぐちと思い返してはへこんだりする大人になるときが来るのだろうかか、まさか、いやしかしある程度は確実に、などという気持ちでいた。

返す返すも、だたの予告編で僕を緊張させる、宮崎駿映画ってすごいな、とは改めて認識。いま、わざわざ見に行きたい映画は宮崎映画くらいしかないのが、僕の現実だったりする。でもあまちゃんは毎朝見てる。最高!


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